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2009年1月17日 (土)

阪神淡路大震災から14年…

こんばんは。
14年前の今日は、あの阪神淡路大震災が起こった日です。

あの頃僕は、二人の若い女性と、手紙を中心とした交流をしていました。
ひとりは、同じさだまさし氏のファンの女性で、仮に“高木涼子”と致しましょう。
1991年、毎年8月6日に行なわれていた、さだ氏の平和祈念野外イベント“夏・長崎から”で会ったのをきっかけに、涼子の住所大阪(天王寺方面)←→東京間での手紙のやり取りが始まりましたが、会うのは8月6日のみでした。
1994年ゴールデンウィーク、僕の方から大阪へ出向き、二人で大阪市内を周遊、その頃から涼子と正式に交際したいと考える様になりました。
「涼子に東京へ来てもらうか、自分が大阪へ生活の拠点を移すか…?」
そこまで考えました。
8月6日を挟んで、12月初頭、涼子が新宿厚生年金会館のさだ氏のコンサートを見たいと言って来たので、僕も公演日に合わせて休日をとる事にして、一旦は本社も現場も許可してくれましたが、公演日前夜になって無情の出勤命令…。涼子は汽車の切符を手配済み、キャンセルもままならず、当日は残業も入り、ついに会えずに終わりました…。
翌年1月17日、涼子は普通に大阪市内にいた模様で、新年の挨拶からさして間もないこの日、新たに見舞いの手紙を出しました。数日後“天王寺方面は被害有りませんでした”と返事が来ました。
この年のゴールデンウィーク、涼子から藤原京遷都のイベントにちなむ奈良ウォーキングに誘われました。
涼子の友人(女性)が同行するとの事で、当初は桜井で待ち合わせ予定でしたが、数日前に涼子の友人が待ち合わせ場所を天理に変更、その連絡がうまくいかなかったばっかりに、その日も涼子と会う事が出来ませんでした…。
以来、お互いに多忙になり、僕は僕で8月6日のイベントへの参加が出来なくなり、交際は自然消滅してしまいました…。

もうひとりは、芦屋からアイドルタレント志望で上京していた女の子でした。こちらは“岡佑美子”と致します。
アイドル歌手に詳しかった友人が、当時日比谷シャンテ内で行なわれていた、アイドルの卵のミニFM公開生放送に連れて行ってくれました。
水野あおい女史,新島弥生女史,メロディー(3人組)といった、知る人ぞ知るアイドルと交替でパーソナリティーを務めていた女の子の中に、佑美子ちゃんがいました。
佑美子ちゃんはいつもオンエア前の待ち時間に、ファンから手紙をもらっては、返事を書いていました。
「自分も出したら書いてもらえるかな…?」
少々不純な気持ちで手紙を書いたら、数日後に返信来たぁーっ!!(山本高広氏風に) 以来文通状態で手紙のやり取りを続けながら、毎週土曜日になると、作業終了次第日比谷シャンテヘ足しげく通いました。ミニFMの企画は12月初頭に終了しましたが、その後も年賀状を含めて手紙のやり取りをしていました。あの大震災は、そんな最中でした…。
「私の実家周辺は被害少なかったんですが、神戸の灘に住んでいた頃通っていた小学校が、非難所になっていました…」
そう記された文字が、心なしか淋し気に見えました…。
その後佑美子ちゃんはタレント活動が滞り、事務所も2回変わり、そうこうしているうちに僕も上記の様に多忙になった為に、佑美子ちゃんとの文通も途切れてしまいました…。

この日を迎えると、犠牲者の方々を思うと共に、彼女達の笑顔を、ふと想い出してしまいます…。

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