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2009年10月15日 (木)

OUR DECADE〜僕と澄華と球場で〜Episode:2“神宮球場のライト・スタンドで、澄華と…”

こんばんはmoon3

 スワローズが連戦連戦だった為、久々の“小説もどき”です…。


“神宮球場のライト・スタンドで、澄華と…”

 10月に入り、また夜勤が人員余剰となった為、日勤へ強制的に復帰させられました…。
 生活が昼夜逆転し、体内環境を汚しかねない上に、報酬も一日当たり1000円程、夜勤より日勤の方が低く、訳も無く実質上の減俸を食らい、浮かない日々を過ごしていました…。

 14日、東五反田のビッグ・プロジェクトへと派遣されました。
 9月までは町外れの品川埠頭にて、マッタリと夜間作業を楽しみ、日勤復帰後も小さい現場で現場監督や他の作業員と、和気あいあいと仕事をしていたところへ、急に大きい多忙な現場での勤務が入り、現場到着から面食らってしまいました…shock
 挨拶しても返さない先輩、現場の事を何も分からない自分に対し、鬼の様な形相で持ち場へと急かす先輩、そんな殺伐とした状況下で気持ちが空回りし始めました…。

 一緒に組んだ現場の先輩は、決して悪い人では無かったのですが、無口な上に自分のペースでドンドン仕事を進めちゃう人、ちゃんと声さえかけてくれれば、その声に応えて動くのに、まさか僕が何もしない訳にいかないので、先輩の動きを読みながら作業をしなければなりません。
 しかしそうやって動くと、周りが全く見えなくなります。かと言って周囲の安全確認をしながらだと、先輩の動きが分かりません…。それゆえに先輩へのフォローが遅れたり、ヒヤリハット(建設業界用語で、突然の危険な状況)に遭遇したり…despair 先輩の手元として丁丁発止とは行きませんでした…coldsweats02

「ちゃんと声をかけていただけますか? そうすれば僕も的確に動きますからsign01

ハッキリ物申しても、相変わらずマイペースな先輩でした…。

 始終目と首をキョロキョロキョロキョロ動かしながら、あちらこちらに気を配り作業を続けましたが、頭を振り過ぎて、昼過ぎにはいい加減立ち暗み状態になってしまいました…。
 すると僕の側を大型車輌が通り過ぎようとしていましたが、疲労で全く気が付きませんでした。もちろん先輩は気付いているのに、ちょっとハッとした表情をするだけでまたも声を掛けず…。そうこうしているうちに、あと数cmで接触するハメに…。

「危ねぇだろ、気を付けろangry

運転手に言い返してやりましたが、逆に、

「お前ぇがボケッとしてるのが悪いんだろうがsign01 何だその態度は? お前ぇんところの親方呼べpunch

と、逆ギレされました…despair
 親方がスッ飛んで来て運転手に謝罪、僕に事の顛末を訊き、僕も洗いざらい話した後、疲労と最悪の心理状態から早引きを申し出、親方は僕を見離す様な形で了承しました…。

 帰り支度を済ませた頃に、数日前に手に入れたばかりの携帯電話mobilephoneに、本社からの呼び出しが来ました…。
 上層部から説教を食らうのは覚悟していましたが、親方からは職場放棄と解釈され、本社で始末書を書くハメに…coldsweats02

 この日の夜は神宮球場baseballに於いて、スワローズの本拠地最終戦(対ベイスタース)が行なわれ、同時に辻発彦内野手(現・ドラゴンズ二軍監督)の引退試合が予定されていました。
 現場から直接神宮へ行くつもりで、作業道具とともに応援グッズも携えていましたが、一旦自宅に帰り、作業道具を置きがてら少し横になり、疲れが癒えたところで神宮へ向かいました。

 一日のストレスを発散させる為に、いつもどおり外野最後列通路に陣取り、試合開始を待っていると、私設応援団が辻選手への即席はなむけ横断幕を作成中でした。

 試合開始直前、前方から僕を呼ぶ声が聞こえ、目を凝らすと浅野澄華でした。
 どうやら僕の席を確保した様な仕草でしたが、まだ面識が薄く、彼女の周囲の人間の迷惑になる事を危惧し、やんわりお断りしたら、ちょっとフクレっ面をされました。

 試合は熱戦の末にスワローズが勝利を収め、辻選手の引退試合に花を添えました。
 試合開始前後は小雨が降り、辻選手への惜別の涙かと思われましたが、試合中・後は空も笑顔で見送ってくれた様です。

 本拠地最終戦セレモニーとともに、辻選手の引退式が執り行なわれました。
 彼の引退挨拶が終わると、いつまでも応援歌と“発彦コール”が鳴り止みませんでした。
 僕も応援歌を歌ったりコールしたりしながら、先程の横断幕を持つ手伝いをさせていただきましたが、いつの間に僕の隣りに澄華の姿が…。

 試合終了後、何人かのスワローズ・ファンで外苑前駅周辺へ繰り出して晩飯を摂りましたが、何だか澄華の様子が変でした。
 まるで恋人同士が寄り添う様に、僕の横にピッタリくっついて来るのです…。
 僕の心の中は、ガトームソン由美恵の存在が大きく占有していたので、澄華の急な態度に少々戸惑いつつ、何食わぬ顔でやり過ごしていました。

 食事後、駅で澄華と別れる前に、

「明日の横浜スタジアム最終戦には来るの…?」

と訊いたら、

「私は行かない…」

と、断られました。
 その理由がどのくらい深いかなんて分からぬまま、波瀾万丈の一日が終わろうとしているのでした…。

 〜Episode:2・完〜


baseball明日のホークスmobilephoneクライマックス・フォームbaseball

第1ステージ・明日の予告先発(敬称略)
イーグルス…岩隈久志
ホークス…杉内俊哉
於、クリネックススタジアム宮城

 岩隈選手は今季24試合に登板して13勝6敗0S・防御率3.25、ホークス戦の成績は5試合で2勝(完投1)1敗・防御率3.44、一方杉内選手は26試合に登板して15勝5敗0S・防御率2.36、イーグルス戦の成績は3試合で1勝(完投1)1敗・防御率4.22です。
 イーグルスはトッド・リンデン内野手、ホークスは松中信彦外野手を欠いての戦いとなるのですが、はてさてどうなります事やら…?

 遠く東京の地から、ホークスの勝利を祈りますsign01

 なお、本日の『かづみの箱アネックス〜さのかづみ球場・ホークス応援日記〜』では、プロ野球シーズンのオフに向けての企画の仮告知をしています。
 こちらで約半年間つづって来たホークスの試合結果を、あちらで勝ち試合のみですが再掲載しようかと構想を練っています。


 話は変わりますが、朝から腰が痛いです…despair
 他にも数ヶ月前に現場で転倒し強打した右肩、調理人時代にフライパンの振り過ぎで痛めた左手首の古傷と、3ヶ所の痛みに堪えながらの自転車通勤&作業ですが、漢(オトコ)ですから頑張りますrock

おやすみなさいsleepy

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2009年9月28日 (月)

OUR DECADE〜僕と澄華と球場で〜Episode:1.5“由美恵のそばにいたい…”

こんばんはmoon3

 よせばいいのに(by敏いとうとハッピー&ブルー)今日も月曜日恒例、さのかづみの“ほんのわずかなモテ期自慢短編小説”を、書かせていただきますm(_ _)m


“由美恵のそばにいたい…”

 由美恵や澄華との出会い、そしてホークス優勝と慌ただしく過ぎた9月末、スッカリ外は秋と化して行きました。

 月は変わり10月、3日のホークスの関東最終戦…優勝決定後唯一の関東(千葉マリンスタジアム)の試合を前に、僕は由美恵と会う約束をしました。
 初めて会った日に名刺をもらった時、

「私、普段男性のお客さんには電話mobilephone番号を教えないんですからねbleah

とか言いながら、シッカリそこに記されていました。
 ワクワクheart01しながら、自宅の固定telephone電話から彼女の携帯mobilephone電話に連絡、画廊の仕事が早く終わる日に約束を取り付けました。

 いざ当日、当時僕はまだ携帯電話を持っておらず、画廊の前の電話ボックスから、到着した旨を彼女に伝えました。
 画廊から彼女が出て来た時、胸がドキドキ、そしてキュ〜ンとなりましたheart01 若い女性と二人きりになるなんて滅多に無い事なので、そのソワソワしているところが、彼女には面白く見えるのでしょう。
 二人とも空腹だったので、食事をする事に。彼女が“大戸屋”という和食堂を紹介してくれました。安くておなかいっぱいになれる店を、彼女が僕の為に選んでくれたのでしょうか…?
 彼女は焼き魚定食、僕はトンカツ定食を食しましたが、待ち時間に彼女が、

「ホークス、優勝したんですよね…? お目出度う御座いますhappy01

と、祝ってくれましたdelicious
 そうこうしているうちに料理が届きましたが、彼女が御飯を食べているという、たったそれだけの仕草に、またまた僕は虜にされるのでした。

 この日も絵の話を中心に、とりとめの無い話に終始しました。
 しかし、また近いうちに会う約束を、互いの両手を握り合う事で致しました。
 その際、下半身に何らかの変化を来した事を感じました…。心の中で、

「由美恵ちゃん、御免ね…。変な反応しちゃって…。でも本当に由美恵ちゃんが大好きだから…」

彼女が知る由も無いのに謝っていました…。
 否、女の勘で気付かれてたりして…。


 数日後の千葉マリンの試合は、ホークスがマリーンズを下し、関東にて有終の美を飾りました。
 レフト・スタンド前まで来て我々に手を振るホークス・ナインに対し、我々も手を振り返し、名古屋と福岡で行なわれる日本シリーズに出場する彼らを見送りましたpaper

 そして、翌年ここを含めた関東の野球場で、彼女とデートする事に、想いを馳せました…。

 〜Episode:1.5・完〜


さのかづみの
『あたかも生で見て来た様な顔でつづる鷹&燕ダイジェストbaseball

baseball明日のホークスmobilephonebaseball

明日の予告先発
イーグルス…岩隈久志
ホークス…和田毅
於、クリネックススタジアム宮城

 クライマックス・シリーズを戦うに当たって、どちらも一つでも上を狙いたい両チーム、まずは2位&3位として0.5ゲーム差、熱い熱い4連戦が始まりますsign01
 明日の先発・和田毅投手には、シーズン中盤から思う様に働けなくなった憂さを、東北の地で晴らしていただきましょうrock


 こちらはクライマックス・シリーズ出場を懸けた熱い熱い戦い、軍配はどちらへ…?

baseball今日のスワローズrainbaseball

神宮球場
スワローズ7vsタイガース1
勝…高木啓充(3勝0敗0S)
負…安藤優也(8勝11敗0S)

 今日試合baseball有るの、忘れてました…(^_^;)ゞ

 スワローズは0‐0の6回裏、2アウト一・二塁から松元ユウイチ外野手のタイムリー二塁打で2点を先制すると、続く7回裏には吉本亮内野手&青木宣親外野手の連続タイムリー・ヒットなどで一挙5点を加え、試合を決めましたhappy01
 投げては先発の高木啓充投手が7回途中1失点の好投で今季3勝目、これでチームは6連勝で、4位タイガースとのゲーム差を1.5に広げましたdelicious
OUR DECADE〜僕と澄華と球場で〜Episode:1.5“由美恵のそばにいたい…”
 お立ち台は、最近好調の高木選手と、先制打のユウイチ選手(写真)が上がりましたが、ユウイチ選手は1999〜2000年に架けて入団したブラジル出身選手の、たった一人の生き残りです。
 志半ばで退団した仲間の分まで、末永く日本でプレイしていただきたいものですsign01

〜責任投手,予告先発投手&ホームラン打者の名前は、敬称略で…m(_ _)m〜


 作業終了後、午後5時半にして空腹になったので、帰りがけにフラカッソというイタリア料理店に初めて寄りましたrestaurant
 ボローニャ風ミートソース・スパゲティを頼みましたが、大盛りが出来ないとの事なので、パンチェッタ(豚バラ肉の塩漬け)のペペロンチーノも追加注文しました。
 生活が赤字なのに1000円超えの注文をしてしまいましたが、元・料理人の端くれの血が騒ぎ、なるべくタイプが違う物を一気に複数食し、今後自分が作る時の参考にしたかったんです(ただ単におなかいっぱい食べたかったのも在りますが…)
 なかなか美味happy01 ピザやハンバーグなども有るので、マメに通って順々にいただいてみますdelicious
 場所は…あえて教えませんm(_ _)m 過去のトピックから大まかな場所を割り出していただければと思いますm(_ _)m


 それにしても、この短編小説もどきに、カミさんが再び登場するのは、いつ…?

おやすみなさいsleepy

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2009年9月24日 (木)

OUR DECADE〜僕と澄華と球場で〜Episode:1“東京ドームのレフト・スタンドの一角で、澄華と…”

こんばんはmoon3

 今日は、カミさんと東京ドームbaseballで知り合って10周年の記念日です。
 残念ながら彼女不在となってしまいましたが、めげずに書きつづりたいと思います。


“東京ドームのレフト・スタンドの一角で、澄華と…”

 9月24日の午前中、浅野澄華は或る事件に巻き込まれ囚われの身となってしまった、恋人・山之内和隆に会う為、都内の拘置所へ向かいました。
 山之内との面会が叶った澄華は、開口一番、
「私、和隆が帰って来るまで、待ってるから…」
と言うや否や、
「俺とは別れてくれ。俺の事は、もう忘れてくれ…」
山之内はうつむきがちに呟くと、澄華は傷心のまま、拘置所を後にしました…。


 渋谷の画廊で働くガトームソン由美恵との出逢いの興奮覚め遣らぬ一週間後、僕は初めて東京ドームのレフト・スタンドへ足を運びました。

 かつて僕は巨人のファンで、今は無き後楽園球場で数度、東京ドームのライト・スタンドでは1度だけ観戦しました。
 余談ですが、後に友人から誘われての巨人応援で1回、ファイターズ応援で1回、内野一塁側での観戦をしています。

 本格的にスワローズ応援を始め、完全に巨人とオサラバpaperする決意のレフト・スタンド観戦、僕はスターティング・メンバー発表の時間に合わせて東京ドームに来たのですが、いつも神宮で観戦する時の様に外野エリア最上段通路に陣取ろうとするも、辛うじて人と人が擦れ違える程度の幅しか無く、フェンスにへばり付いて応援するしかない、しかもスワローズ・ファンが少ない劣悪な状況に嫌気が差し、椅子席を探しにウロウロしていましたが、球場の約8割を占める巨人ファンに追い詰められスワローズ・ファンの陣地は小さく、超満員で着席出来ませんでした…despair
 それでも押しくら饅頭状態の中必死で応援、とりわけ苦しい投球が続く石井一久投手(現・埼玉西武ライオンズ)には力の限り声援を送っていました。
 すると前方から、

「スワローズ・ファンでしょ〜? こっち席空いてるよぉ〜sign01

と、小太りの女性の声が…。
 見渡せば周囲の立ち見観戦者はみんな巨人ファン、思わず、

「僕ですか? 僕ですか?」

と問い掛けるとうなずくので、彼女のいるエリアまで急行しました。

「巨人ファンに入られちゃうの、嫌なのよねdespair

と、近くの少年達に頼んでスワローズ・ファン用に席を取っておいた様ですが、その少年達には、一度席が空いてるか否か問い掛けたら断られたのですが…(苦笑)

 4回表にスワローズが満塁とし、逆転チャンスが訪れると、当時若手売り出し中だった岩村明憲内野手(現タンパベイ・レイズ)のグランドスラムが飛び出し、思わず彼女と嬉しさ余って抱き合ってしまったのですが、僕の胸に“ムニュッ”という感触が…。
 ダボダボのトレーニング・ウェアを着用していて気が付かなかったのですが、どうやら彼女の胸は、かなり大きそうでした(“また胸かよ!?”って言うお叱りが聞こえてきそうですが…)

 彼女の“ムニュッ”の感触が抜けず、なかなか応援に集中出来ずにいたら、巨人にジワリジワリと加点されて、9回裏に満を持して登板したはずの抑えの切り札・高津臣吾投手(現サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下3Aフレズノ・グリズリーズ)が、何と同点に追い着かれてしましました…despair

 延長戦へと突入しましたが、12球団随一の破壊力を誇る巨人打線を抑える事が容易でないのは、火を見るより明らか。先発ローテーション入り投手やリリーフの切り札になり得るくらいの投手がもう出せないスワローズ首脳陣は、かつてのエース・岡林洋一投手でピンチをしのぐつもりでいましたが、その彼も既に肩肘がボロボロで、往年のエースの面影は無く、呆気なくサヨナラ敗戦を喫してしまいました…coldsweats02

 上げ潮ムードから一気にドン底に落とされ、殺伐としたスワローズ・ファンのエリアを取り囲む形で巨人ファンが歓喜、その中には残念ながらスワローズ・ナインやスタンドの燕党に向かって罵詈雑言の限りを尽くす巨党もいました。
 そして、その巨党目掛けて仕返しに出る、武闘派の燕党も…。
 更に在ろう事か、そんな武闘派燕党を、僕は煽ってしまいましたm(_ _)m
 当然警備員がスッ飛んで来る場面ですが、僕も武闘派燕党の一人と見なされてしまいました。
 元々髭が濃く、更に当時長髪をポニー・テールにしていたという怪しい出で立ちだったからなのか…?

「この人やって無いよぉ〜angry

 先程の彼女が、警備員に激しく意義申し立ててくれました。おかげで然るべき場所へ連行されずに済み、何とか開放されました

 傷心で応援道具を片付け、東京ドームを後にしようとすると、既に周囲には誰もいませんでした…。
 孤独のまま帰りたくなかった僕は、心細さになぜか彼女の姿を探していました。
 そして、前方を歩く彼女に追い着いた時、妙な安心感を覚えました。

 帰りの中央線各駅停車trainの中、自己紹介をする流れに…。

「僕はさのかづみ。恵比寿に住んでるんです。おねぇさんは…?」

「私は浅野澄華。高田馬場にいるの」

 あとはスワローズの他愛の無い話に終始し、代々木で別れました。

 試合内容こそ悲惨でしたが、彼女と楽しい一日を過ごせた事に、心の中で感謝している自分がいました。

 冒頭の事件も、9月24日が“記念日”になる事も、まだ僕には知る由も在りませんでした…。

 〜Episode:1・完〜


baseball明日のホークスmobilephonebaseball

明日の予告先発
ホークス…D.J.ホールトン
ファイターズ…藤井秀悟
於、福岡ヤフードーム

 D.J.ホールトン投手、中5日ですか…。
 それより、苦手の藤井秀悟投手を打たなくては…。また松中信彦外野手はスターティング・メンバーから外されるのかな…? 無理はして欲しくないけどね…。

〜予告先発投手の名前は敬称略で…m(_ _)m〜


 今日から、北綾瀬の現場での仕事がスタートしました。
 現場監督は顔を知ってる人がいたり、タワー・クレーン設置業者も顔見知り、鳶工の親方は1週間前に会ったばかり(笑)
 全く知らない人とやるよりは、やり安いと思います。


 帰りがけ、自転車のチェーンが壊れました…despair
 小岩から鹿骨(ししぼね)までの1kmを歩くハメになりましたが、自転車ショップに巡り会えてラッキーでした=3ホッ


 明日もまた、短編小説もどきを書かせていただきます。
 今回の“恋話”の、番外編になります。

 ホークス・ファンの皆様、お楽しみに…!?

おやすみなさいsleepy

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2009年9月14日 (月)

OUR DECADE〜僕と澄華と球場で〜Episode:0“前夜〜渋谷パルコ前の交差点で、由美恵と…〜”

こんばんはmoon3

 今夜からホークス&スワローズの試合の無い日は、カミさんと出会ってから10周年という事で、その頃の事を短編小説もどき風につづってみたいと思います。
 まずは、カミさんと出会う前の“思いがけない逆ナンパ(!?)物語”を、前書き代わりに…(照笑)


“前夜〜渋谷パルコ前交差点で、由美恵と…〜”

 1999年、勉強と仕事に追い詰められていた青春時代に悔恨の念を抱いていた僕は、前年に福岡ドームや神宮球場へ足を運んだ事に味をしめ、青春を取り戻す意味でホークスとスワローズbaseballへの応援活動を本格的に始めました。
 当時臨海副都心線・品川埠頭工区の夜間工事に従事していた僕は、この年春から土・日曜日のみ日勤に回され、金・日曜日ナイト・ゲーム限定で観戦し、そのうち夏頃から日勤専任となり、ホークスとスワローズの試合が南関東で行なわれる時は、ほぼ毎試合球場へ通う様になりました。

 1ヶ月限定で夜勤に戻った9月の17日・金曜日の事、神宮球場のスワローズ対タイガース戦を前に、渋谷・タワーレコードで行なわれる吉井怜嬢のイベントに参加する為に整理券を手に入れ、時間つぶしに食事でもしようかと思い、パルコ前の交差点で信号待ちをしていたところ、背が高くそこそこグラマー、タレントで例えるならグラビアや志村けん氏の“バカ殿”で活躍する小林恵美嬢に似ている、20代半ばの容姿端麗な女性が近くに立っていました。

「こんな女性とお付き合いしたいなぁ〜heart01 でも甲斐性無しの俺にはどう転んでも無理だろうなぁ〜…despair

と、10秒間の片想いをしながら横断歩道を渡ろうとすると、突然彼女から声を掛けられました。

「こんにちはぁ〜、私、そこの画廊の者なんですけど、お友達になりませんかぁ〜?」

 コレって“逆ナンパ”!? 小躍りする程嬉しかったのですが、キャッチ・セールスか何かにも思えたので、おなかが空いていた事も在り、

「また後でね…paper

と言って、その場を立ち去りました。

 食事は九州ラーメンの店“ふくちゃん”で、冷やしトンコツを食しました。
 いつもならおろしニンニクを入れるのに、この日はニンニク抜きで…。なぜって…? そりゃぁ〜彼女と再会出来る事を期待して…。変なニオイさせられないでしょ…?

 イベントまでまだ時間が有り、先程の交差点へ戻ると、まだ彼女は立っていました。

「良かったから、絵でも見て行きませんか…?」

半分下心、半分“絵の購入を勧められても絶対買わないぞsign01”との毅然とした意思を持ち合わせ、彼女の働く画廊へ…。

 テーブルに着き、彼女が用意してくれたアイス・レモンティーに口を運ぶと、目の前に彼女の胸が…。大きく開いたTシャツからは豊満な乳房の谷間が…。

「ちょっと、その胸元、刺激が強過ぎますよshock 隠してくださいっsign01

と、内心喜びつつ(^_^;)ゞ慌てて異議申し立てると、

「面白いですねぇ〜happy01 お友達になりましょうよdelicious

と、彼女はTシャツの襟を上げながら、僕に微笑みかけました。完全に彼女の虜になってしまいました…heart01

 名刺交換をしたら“ガトームソン由美恵”(仮名)と片仮名の苗字でした。どこかの国のハーフか何かなのは分かりましたが、あえて問いませんでした。
 画廊の仲間から“ガトちゃん”と呼ばれてましたが、僕は昔から側近の(特に好きな)女性には下の名前で呼びたがる質なので“由美恵ちゃん”と呼ぶ事にしました。そして彼女は僕を“かづみさん”と呼ぶ事に。

 彼女は熱心にディスプレイされた絵画の解説をしました。心から絵を愛している雰囲気が、体全体からオーラとして伝わって来ました。あんなに趣味について、子供の様に瞳を輝かせながら語る女性に、僕は出会った事が有りませんでした。

 その日は商談も恋の進展も無く、イベントの時間も近付いて来ていたので、画廊を出る事にしました。

 柔らかく暖かい彼女の手を握りつつ、また近いうちに逢う約束をしながら…heart01

 吉井怜嬢のイベントでは、まさか間も無く大病を患うとは思えない程に怜ちゃんが元気に立ち振る舞い、大盛況のうちに終了しましたが、余韻に浸る余裕も無くその足で神宮球場へ急行、当然途中からの観戦となりましたが、試合はスワローズが勝利しました。

 怜ちゃんと由美恵ちゃんを“勝利の女神”に仕立て上げ、感謝して止まなかった一日は、歓喜のうちに終わりました。

 〜Episode:0・完〜

 物語は一週間後に思わぬ展開へ動く事となりますが、9/24をお楽しみにsign01


baseball明日のホークスmobilephonebaseball

明日の予告先発
バファローズ…山本省吾
ホークス…高橋秀聡
於、京セラドーム大阪

〜予告先発の投手の名前は、敬称略で…m(_ _)m〜


 護国寺…もとい、午後9時までかかるはずの作業が6時半で終了、意外に早く終ったので、明日は休みにしていたのを、急遽出勤にしました。
 本日で自分の持ち場の作業が終了する予定だったのが、監督から“別の仕事の手伝いをして欲しい”との依頼で。

 有り難やsign01 有り難やsign01

おやすみなさいsleepy

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2009年8月24日 (月)

スミちゃん〜好きだよと言えて叶っても初恋は…heart03

スミちゃん〜好きだよと言えて叶っても初恋は…〓〜
恐らく40年以上に渡って恵比寿の子供達を見守り続けた、恵比寿東公園のタコ滑り台

こんばんはmoon3

 今日は、毎年8月24日になると思い出す、初恋の想い出を書かせていただきます。


 神奈川県の相模野の小さな町・座間で高校生活を送っていた僕は、1年生の夏休みに東京の恵比寿へ足を運びました。


 僕が小学校1年生から3年生途中まで、さの家は恵比寿に住んでいました。
 1年の3学期、隣の席の増渕寿美香と名乗る女子生徒と仲良くなりました。若き日の水沢アキさんを細面にした、髪を耳上で縛るのが似合う、可愛くて明るい女の子でした。
 彼女の笑顔は、成績が思わしく無く、いつも先生に怒られてばかりいた僕の心の支えでした。
 家が近所で帰り道が同じ、必然的に一緒に通学する事となり、いつの間にか男子から離れ、寿美香とばかり遊んでいました。
 お互い苗字では無く“スミちゃん”“かづみくん”と仲睦まじく呼び合う様になると、男子連中から冷やかされる様になりました。

 “rain増渕heart01さの”

とか電信柱に相合傘なんか書かれたりすると、意外に照れるのは男子で、燃え上がって積極的になるのは女子の方、寿美香は僕の方を向き、

「私達、結婚するんだもん、ねぇ〜〜heart01heart01

と言うや否や僕を抱き寄せ、そして顔を密着させて…。

 さのかづみ、若干7才にして大人の世界を垣間見ました。それは“苺ミルク”の味でしたkissmark

 余談ですが、寿美香はどこでそういうのを覚えたんだか…???

 お互いの両親公認の仲となりましたが、2年生に進級して席が離れたあたりから付き合いが無くなりました。
 僕の記憶では、男子連中から冷やかされる苦痛や、彼らと遊べなくなった寂しさで、寿美香を振ってしまった覚えが…m(_ _)m

 2年生の或る日、冷やかした中のひとりで、入学時からの親友・有田雅彦が例の電信柱を見ながら、

「さの、こんな事も在ったよなぁ〜」

と、感慨深く呟けば、僕は、

「有田、もう昔の話だよ…」

と、ガキの分際で醒めた口調で返しました。
 もしタイムマシンがこの世に存在していたら、この時代の僕を叱ってやりたいですねangry 後述する後日談が後日談だけに…。


 港区高輪→三鷹市井の頭、そして座間と居を転々とし、僕自身も中学生を経て高校へと進学する訳ですが、その間一度も女の子と交際出来ませんでした…despair

「スミちゃんを振った、罰が当たったんだろう…coldsweats02

 小田急線と山手線を乗り継ぎ1時間強、懐かしの恵比寿、懐かしの増渕家に辿り着きましたが、呼び鈴を鳴らす勇気が起きませんでした。
 表札に記された住所をノート(一丁前に作詞・作曲もどきをしていたので、五線譜とともに持参していたネタ帳)に書き写し、手紙で謝罪する事に決めました。
 あわよくば交際再開出来たらと、男の風上にも置けない下心を抱きながら…。

 8月22日朝、座間の自宅へ寿美香から電話telephoneが来ました。
 約9年振りの会話、お互いの近況報告や懐かしい小学校時代の話で盛り上がり、話は核心へ…。

「かづみくんが私の事を振ったんだっけ…? そんな事在ったっけぇ〜…?」

と、彼女は振られた事を忘れていました。僕が“シメたっgood”て思うのも束の間、

「実は私、彼氏がいて、かづみくんの手紙が原因で、彼氏が怒っちゃって…despair

と、困り果てた様子で切り出しました。
 僕の心の中で、

“スミちゃんに申し訳ない事をしたcoldsweats02

“するってぇと何かい、俺の存在が邪魔だと…?”

“コレで別れたら、ソレこそシメたもんだぜgood

“否、僕が潔く退いてスミちゃんに幸せになってもらわないと…”

などなど、天使と悪魔が複雑な思いを生み出しました。

 時間差で、その時の同級生だった仲澤由実子からも電話telephoneが来ました。

「さの君久し振りsign01 寿美香の件なんだけど、別に“ただの友達”として手紙のやり取りをするとかでも、私は良いと思うんだけど…」

と、有り難い提案をしてくれました。
 そう、別に“恋人”とか親密な関係でなくても良い、男友達と付き合うのと変わらないスタンスで構わないと、寿美香と今後交流を続けて行く上で、新たな期待を抱きました。

 運命の8月24日、寿美香からの電話telephoneで起床しました。

「私、彼とやり直したいの。私も既に別の人生を歩んでるんだし、かづみくんも早く素敵な彼女を見つけてsign01

結婚の約束、アレ、冗談だからsign01

 起きたばかりで脳が正常に働いていないところへまくし立てられ、気が付いたら電話を切られていました…despair
 しかしながら“冗談”って…? 他に適切な言葉が咄嗟に出て来ず、とりあえず浮かんだ言葉を使わざるを得なかったんだろうけど…coldsweats02 9年間の“モテナイ君”時代、寿美香との結婚の約束がささやかな心の支えだったのに…despair
 五輪真弓さんの大ヒット曲『恋人よ』では無いですが、

この別れ話(こそ)が“冗談”だよと笑って欲しい…

そんな気分になりました…coldsweats02

 目覚めに点けたラジオから、オフコースの『秋の気配』が…。

僕があなたから離れて行く…

 追い討ちをかけるかの如く、太田裕美さんの『君と歩いた青春』が、続けて流れて来ました…despair

君と歩いた青春が幕を閉じた
君はなぜ男に生まれて来なかったのか…

 僕はラジオの前で泣き崩れました…coldsweats02

 失意の中、或る日悪夢を見ました。
 僕が見てる前で、寿美香の彼氏が彼女へ執拗に性交を迫るのです。寿美香は嫌がりつつも、僕に想いを断ち切ってもらう為に、恥じらいながら彼氏に抱かれました…。

「学生のクセに、不潔な事やってんじゃねぇーっpunch

と怒鳴って、目が覚めました…。

 絶望的な気持ちで、初恋を終わらせる事にしました…despair

 けじめの年賀状を書きました。文末に、こんな言葉を記しました。

「良かったら、僕の事を忘れないでください。でも、嫌なら忘れてください…」

 連絡先は記しませんでした。その為か否か分かりませんが、もう反応は来ませんでした…coldsweats02


 1988年暮れ、さの家はゆかりの恵比寿に、スパゲティ店を立ち上げました。
 それに合わせて、僕は単身で恵比寿のアパートに住む事になり、休日に散歩がてら増渕家を訪ねるも、やはり呼び鈴は押せませんでした…。手紙も出せませんでした…。寿美香の幸せを壊したくないから…。

 間も無く、懐かしの増渕家は解体されていました…despair

 スミちゃん、今はどこで誰と暮らしているのかな…? 元気かな…? 幸せかな…?


〜この話はノンフィクションに脚色したもので、劇中の登場人物は一部を除き仮名・敬称略で…m(_ _)m〜


baseball明日のホークスmobilephonebaseball

明日の予告先発
マリーンズ…大嶺祐太
ホークス…高橋秀聡
於、千葉マリンスタジアム

〜予告先発投手の名前は敬称略で…m(_ _)m〜


 2月22日以来の自分の恋愛短編小説もどき、いかがでしたか?
 恵比寿がまだ“渋谷の下町”風情で、恵比寿駅に駅ビルが無く、ガーデンプレイスがサッポロ(ヱビス)ビールbeerの工場だった頃の話でした(写真)
スミちゃん〜好きだよと言えて叶っても初恋は…〓〜

おやすみなさいsleepy

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2009年2月22日 (日)

あれから20年、僕が“かづみ”と名乗るいくつかの理由…heart03

こんばんは。
1989年2月22日、石野真子女史のアイドル歌手時代の曲では無いですが、我が“失恋記念日”でした。

僕は当日記で“かづみ”と名乗っています。
本名からもじって名乗っているのですが、

①我が贔屓チーム・福岡ソフトバンクホークスのエースピッチャー・斉藤和巳(さいとうかずみ)投手にあやかって。

②かつて好きだったアイドル・タレント、佐野量子女史にあやかって(本名での読み方は、さのかずこ)

そして、

③20年前に熱烈に片想いした女性の名前が、和美(かずみ)…。

そんな思いを込めて、本名に代わって名乗らせてもらっています。

前年暮れ、我がさの家(仮名)は、都内某所でスパゲティの店を始めました。
僕は長男として、店長を任されましたが、慣れない業務に、常にオーナーで在る父・かづ彦に怒られていました。
厨房チーフに任命された弟・かづ明、そしてホール主任として手伝ってくれていた弟の彼女・城石直子の、僕に対する軽蔑のまなざしにさらされながら、

「いつかこの店をやめてやるangry

と言う気持ちが、常に心の中で燻っていました。

年が明けて、1月末に若手店員同士の親睦会を、としまえんで行ないました。
弟と城石、同い年でイケ面、歌手デビューを目指し特訓中、大阪出身水島芳樹、女子大生の松原マキ&岩崎聖子、弟の幼馴染みの弟・松岡暢晃、そして、美形でモデル業に従事している畠山和美が参加、スタッフとアルバイト店員の垣根を越え、とりあえず和気あいあいと親睦会は進行していきました。

二次会は、故郷青森で店を持つ夢を抱き、平日我らが店の厨房で働く、僕より1歳上の兄貴分・福田昌明さんが、休日返上で腕を振るう居酒屋にて行なわれました。
弟と城石不在で始まった二次会、二人への愚痴を経て、いつの間にか店長として悪戦苦闘する僕への“慰労会”という流れになってしまいました。

「主任にイジメられてイヤな思いしてるけど、店長が一生懸命やってるから、アタシも頑張ってられるんですよ」(和美)

「僕ら、店長がつらいの分かってますから。でも店で難しい顔ばかりせぇへんで、今日としまえんで見せてくれた様な楽しそうな顔を、仕事中もしてくださいな」(水島)

嬉し涙があふれてきました。こんなに人に親切にされた覚えが無かったので…。
僕はいつの間にか、和美を女として意識し始めました。

2月初頭、和美が悩み事を打ち明けました。

「主任とシックリいかない…despair

と…。

「俺さぁ、お前がこの店で一生懸命やってくれるって信じてるから。頼むsign01 頑張ってくれdelicious

もう僕には、和美無しでこの店をやる事が考えられなくなり、引き止めました。
弟に城石が居る様に、いつかは僕も和美を“パートナー”にしたいと、真剣に想う様になりました…。

バレンタインデイ、僕の“味方”的スタンスで居てくれている和美に、密かにチョコレートを期待しました。しかし“義理”すらもらえませんでした…。
「まだまだ努力が足りないんだな…」
でも頑張り過ぎて、38度8分の熱を出す風邪を引きました。

前後して和美の母親が体調を崩し、休職し出しました。
和美の家も、弁護士の父親が飲食業を営み、切り盛りしていた母親の代わりに、和美がひとまず店をやる事となりました。
僕は僕で、解熱剤で平熱に戻すも、咳と頭痛が止まらない状態…。更に和美不在で萎えそうになる心と体に鞭を打ってきましたが、ついに気持ちが切れる時が来ました…。

22日から和美が復帰出来るという報を聞き、起床時からワクワクしていましたが、一向に来る気配が無い…。
そうこうしてるうちに午後7時、やっと和美が来店しましたが、厨房に信じられない言葉が聞こえてきました…。

「2ヶ月間お世話になりました」

よく漫画の登場人物が絶望の淵に立たされ始める時の様に、

 「 ガ ~ ン despair

という文字が、黒地に大きい白文字で脳内に浮かび、そこへ上から大量の涙が、滝の様に流れて来るのを感じました…coldsweats02

店を去る和美に追いすがるが如く、僕は厨房を飛び出しました。

「店長が一生懸命頑張ってるから、アタシも自分の家でやり直そうと決めたんです。だから男のクセにメソメソ泣くのはやめてくださいsign01」(和美)

「こんな(泣き上戸な弱い)俺、イヤだろ!? だからお前と二人三脚で“強いさのかづみ”を構築したかったんだよ…coldsweats02」(僕)

“男は仕事と女で磨かれるもの”との思いで、事実上の“告白”をしたものの、

 「さよならっpaper

この言葉で、すべてが終わりました…。

翌日朝、和美が来てくれる妄想をしましたが、別のアルバイトの子が扉を開け、現実に引き戻されました…。
ショックで、咳が1ヶ月止まらなくなりました…despair
水島もメジャーデビューが内定し店を出て、福田さんも晴れて故郷にスパゲティ屋を出店、松原や岩崎、そして松岡も学業専念やら就職活動で相次いで店を辞めた為、僕は孤独になり、店に対する情熱を失いました…。
そんな僕を慮ってか、父も優しく諭しました。

「水島君、せっかく夢を掴みかけたのに、喉痛めて大阪へ帰ったんだって…? きっとかづみよりつらいんだよ。福田君、故郷で頑張ってるんだってな。福田君を見習って頑張ってくれよ…」

自分が“甘い”って分かっているから、何とか4年間心に鞭を打って踏ん張ってきましたが“才能・素質・伸び代が無い者は、どんなに努力をしても無駄なんだ”という事を思い知らされ、人間関係に悩んでいた事も在って、店を辞める決心をしました。

建設業界に足を踏み入れた1993年の暮れ、和美はプロ野球選手と結婚しました。
深夜の『プロ野球ニュース』での披露宴映像を目にし、

「あぁ、こういう事なんだな。こうなっちゃうんだな。一介のスパゲティ屋店長には届かない恋だったんだな…。ましてやその職にすら挫折した自分には、恋してはならない相手だったんだな…」

追記
そんな僕を承知で一緒になってくれた、今のカミさんと出会うまで、失恋記念日から約10年半の月日を要しました。
なお“さのかづみ”の苗字の方は、カミさんにもちなんでいます。

余談ですが、文中の水島芳樹(仮名)は、1995年紆余曲折を経てポリドール(現・ユニバーサル)からメジャーデビュー、シングル盤4枚をリリースしました。
まだどこかで歌ってるのかな…?

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